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【第139回酒蔵文化道場】数の子と子持ちコンブから考える魚食文化(2024.9.7)<レポート有>

神戸酒心館SDGsへの取り組み酒蔵文化道場ホールイベント



≪酒蔵文化道場とは?≫

第139回
酒蔵文化道場

≪題目≫
数の子と子持ちコンブから考える魚食文化

≪語り手≫
大阪樟蔭女子大学学芸学部教授
濵田 信吾 氏

≪内容≫
「どんな味があるかと言われてもちょっと困るが、とにかく美味い。」
美食家で知られた北大路魯山人がそう評したのは、ニシンの卵であるカズノコです。
現代日本の食卓に並ぶことは少ないですが、ニシンは世界の歴史に影響を与えてきた非常に重要な水産資源であり、生態資源でもあります。
今回は、北海道、そして米国アラスカ州南東部で実施した文化人類学的なフィールド調査を紹介しながら、北太平洋におけるニシン文化史と魚食文化のこれからを中心にお話しします。

≪開催について≫
◆2024年9月7日(土) 16:00〜

≪経歴≫
濵田信吾(はまだしんご)さん  大阪樟蔭女子大学学芸学部教授
奈良県生駒市出身で、北米先住民の文化人類学研究に関心を寄せ、留学先の恩師から日本にもアイヌという先住民がいることを示唆され、日本からの国際発信の重要性を認識した。ポートランド州立大学大学院で人類学修士、インディアナ大学大学院で人類学博士号を取得。2014年人間文化研究機構地球環境学研究所の研究員を経て、2015年大阪樟蔭女子大学学芸学部ライフプランニング学科(講師、準教授、教授として現在に至る)。研究分野は、環境人類学、フードスタディース、食文化論、消費文化
『Seafood:Ocean to the Plate』『世界の食文化百科事典』『現代食文化論』ほか

≪講演レポート≫
 「数の子」はハレの食材としておせち料理に欠かせませんが、普段はあまり食卓に上ることはありません。ましてや「子持ちコンブ」は一生の内でもまれにしかお目にかかれません。そんなニシン卵のカズノコは、かつては北海道のニシン漁で得られてきましたが、1950年代にニシンの群来がなくなりました。
そこで、商魂たくましい日本商社は北米沿岸に目をつけてカズノコ輸入に走りました。我が国の食卓からは想像のつかない、カズノコの裏側を文化人類学のフィールドワーク調査で見てきましたので、私たちの食文化を考えるヒントとしてお話ししたいと思います。

1.カズノコと子持ちコンブ
 カズノコはニシンの産卵前の腹の中にある卵巣で腹を裂いて取り出したものです。一方、子持ちコンブはコンブ表面にニシンが卵を産み付けたもので、産卵後のニシンは沖へ帰り、そして季節がめぐると再び戻って来ます。
 カズノコ人気に次いで、アラスカから子持コンブというニシン卵が産み付けられたコンブも食べられることが知られ、景気の良かった日本に高値で買い付けられ、現地ではカズノコ景気が生まれました。
2.日本のニシン漁業
 北海道のニシン漁は明治から大正にかけて90万トンという繁栄を極め、ニシンは魚肥として北前船で全国に送られました。関西でも河内木綿の礎を築いた肥料だったのです。また、獲れたニシンを輸送できる肥料に加工するため大量の薪が消費され、漁場周囲の山々ははげ山になってしまいました。その結果、ニシンの産卵場になるコンブなどの藻場が衰退して、ニシンの群来が激減しました。
 北海道に住んでいたアイヌの人々はニシン漁に目のくらんだ和人に使役され、暮らしの基盤を奪われました。
3.アラスカのニシン漁業
 ニシンは寒い海の産物で、世界中で肥料用に漁獲されていました。工業的な肥料採取は巻網による一網打尽となり、資源減耗が激しくなりました。アラスカでも19世紀後半に盛んになりましたが、20世紀半ばには日本向けのカズノコを求める漁船も多数押し寄せました。1960年代以降には、資源管理がアメリカ合衆国やアラスカ州政府の主導で始まりました。
 しかし、一網打尽にするような漁法が合法化することは、先住民の伝統的な利用方法とは相いれないと反対する動きもありました。
4.南東アラスカにおける子持ちコンブ漁
 アラスカ州南東部やカナダのブリティッシュコロンビア州には先住民(トリンギット・ハイダ)が暮らし、春先に巡ってくるニシンを生命の糧として大事にしてきました。「へリング・ウーマン」と呼ばれるトリンギット女性の伝説は、コンブに産み付けられた魚卵だけ食べて、ニシン本体は海に返す生き方を教えてくれています。現代でも、山に生えるツガの木の枝を海中につるし、ニシンの産卵場にする方法が伝統漁法として実践されています。これは過剰な利用を控えることにより、厳しい北の海で、変動の激しい自然資源を持続的に利用するための節度だったのです。
 子持コンブという日本の需要に応える事業は、当初は自生のコンブ(ジャイアントケルプ)にできた子持コンブを根こそぎ奪っていく争奪戦でしたが、その後規制されて1990年以降は、アラスカ南東部で人工的なコンブ林を生け簀に設け、そこにニシン産卵群を誘導して商業的に子持コンブを生産するクローズドパウンドが行われるようになりました。この手法では、産卵が終われば生け簀を開放してニシンを逃がす義務があり、その面では資源管理に配慮した方法になっています。
5.日本とアラスカのつながり
まとめとして三つのポイントをあげたいと思います。
①持続可能な魚卵、魚食文化の実現には、食べる側の責任も重要。
②先住民の思いに寄り添う「地域力」を向上させる必要性。
③「おいしい」「正しい」「きれい」というスローフード概念の実践や普及。
 これらを考えつつ、食文化の背景を探り発信したいと思います。