6月のうまいもん/蓴菜(じゅんさい)
夏の涼を醸し出す料理の脇役
ヌルヌルしてツルンとした食材が会席料理の一品に用いられると季節はすでに夏です。我々は、このようにして料理で季節を感じます。ここで出て来る〝ヌルヌルしてツルンとしたもの〞とは、まさに蓴菜(じゅんさい)のこと。蓴菜は、スイレン科の水草の一種で、深さ80~100㎝ほどの沼や池に生える水性植物です。蓮の葉と同様に水面に葉を広げるのですが、私達が食すのは水中の幼芽を摘み取った部分にすぎません。見ためからもわかるように、寒天状の膜に包まれていてプリプリする歯応えとツルンとした食感が特徴。そのゼリー状の食感は、涼しさを表現するのにぴったりです。蓴菜の一品をガラス器などに入れて提供し、会席料理で涼を醸す一品として用います。
そもそも蓴菜とは、漢語の「蓴(チュン)」がなまったもので、それに食用を表す「菜」の字をつけたとされています。蓴菜自体は、世界中で広く分布されているのですが、食用に使う地域は、中国と日本と言われています。日本では古事記や万葉集にもその記述があり、かつては、沼の縄の意味から「ぬなわ」と呼ばれていました。以前は、本州と北海道の沼地には自生していましたが、近年は池や沼の開発などにより減少し、多くの地では絶滅の恐れが高くなってしまいました。そのため、国内で流通しているものの大半は中国産。殊、国内産でいえば、ほぼ秋田県三種町の蓴菜が約9割を占めているほど産地が限られた食材なのです。兵庫県下でも蓴菜は採れますが、それは極めて限られたもので、一般の流通ルートにはほぼ乗らないと思ってもいいほど希少な食材です。兵庫県三田市には、蓴菜の会席料理の専門店があり、蓴菜の産地として知名度を上げています。ここでは、「蓴菜をもっと沢山味わってほしい」という女将の思いから、多彩な蓴菜料理を茶懐石スタイルで提供しており、その噂が広まって兵庫産の蓴菜の名も高まったのではないでしょうか。
前述したように蓴菜は、沼の中に生息します。食用となるのは、葉が開く前の蕾のような芽の部分。それを求めて小舟を繰り出し、直接手で摘み採ります。三種町(秋田)では、木舟を浮かべて採り子が摘み採る姿が夏の風物詩として広く知られているようです。これほど本格的ではないですが、筆者も一度、山崎町(兵庫県)の沼で摘み取り体験をしたことがあります。その時は、子供が遊びそうなゴムボートに寝そべり、手で漕いで沼の中央まで進み、蓴菜を手で採りました。採ったのはいいが、周囲は蓴菜だらけで、ボートがそれに絡まり、戻るのに難儀したのを覚えています。それほど蓴菜採りは手仕事を要するものなのです。
蓴菜の収穫は、4月頃から9月中旬まで行われています。最も美味しいとされるのは、一番芽と呼ばれるもので、その最盛期は6月から7月にかけてです。蓴菜自体は、個性的な味ではなく、むしろ淡泊な味わい。しかし、涼しげな風情が夏の食欲をかき立てるようで、俗に水中に芽吹くエメラルドとも呼ばれています。和食であれば、吸物や酢の物に用いることが多く、そのヌルヌル感が夏らしい料理に変貌させてくれるのです。
さて、「さかばやし」では、6月のうまいもんとして蓴菜をテーマ食材とし、会席料理の一部や一品料理でご提供いたします。ぜひ、涼を醸す蓴菜を6月にご賞味ください。
(文/フードジャーナリスト・曽我和弘)
2022年6月
料理長おすすめ「蓴菜」の一品料理
■岩水雲 蓴菜酢 1,000円
■鱧と蓴菜の吸物 1,300円
※おすすめの一品は事前のご予約にて承ります。
※おすすめの一品は予約にて承ります。価格は税込価格です。
※写真はイメージです。