8月のうまいもん/穴子
「鰻みたいな脂っぽいもん、お江戸の人に食べてもろたらよろし」。これは明石で有名な穴子屋を営む社長の言葉である。鰻と穴子は、似て非なるもので、生態も異なれば、栄養や味にも違いがあります。穴子が一生海で過ごすのに対し、鰻は海で産卵して孵化した後に淡水域にその暮らしを移します。いわば前者が海水魚なのに、後者は海と川や湖を行き来する回遊魚というわけです。
ご存知の通り、鰻は脂の乗りがその旨さになり、脂質は穴子の倍近くあります。カロリーも高く、こってりした味が特徴です。一方の穴子は低カロリーでさっぱりとした味わいをしています。それゆえ、冒頭の言葉が発せられたのでしょう。
今でこそ、鰻は東京で、穴子は関西といわれていますが、実は江戸期には羽田沖で獲れた穴子が旨いとされ、江戸前の本場物といわれていたのです。穴子でいうと、この江戸前と瀬戸内ものが並んで人気がありました。特に播磨灘は海底が砂地の所が多く、そんな場所に穴子が棲みつき、そこで獲れたものが上物として東京で扱われています。江戸から東京へと変わり、次第に東京湾が汚れてきたので昔のように江戸前を求める光景は少なくなり、今では瀬戸内、特に高砂や明石がその名産地といわれるようになりました。
以前、札幌の寿司屋に入った時に店主から「今日は上物が入ったから」と薦められ、魚種を伺うと、穴子でした。しかも「明石の穴子だから食べた方がいいですよ」と言うではありませんか。当方は神戸で育ち、明石の穴子なんて珍しくもないので断りましたが、それでも店主は「食べておいた方がいい」としつこく薦めていたくらいです。それくらい他地域では、珍重されるべきもので、北国では明石の穴子はめったに口にしない代物なのでしょう。
穴子というと、寿司ネタの一つで、焼いたものか、煮たものを握って提供します。一般料理でも蒲焼きか、煮穴子が多く、その他となると天ぷらか、八幡巻きくらいしか思い浮かばない人も多いのではないでしょうか。私が穴子の食べ方としてお勧めするのは、鍋で、しかもしゃぶしゃぶにして食べる味わい方。穴子の身が鍋の中で花が開くのを待ってさっと引きあげる料理です。穴子のしゃぶしゃぶがあまり提供されていないのは、その大きさに問題があるから。どうしてもしゃぶしゃぶにしようとすれば肉厚な身が必要で、巷に流通する穴子ではそこまでの大きさがないです。大きな穴子を瀬戸内では伝助と呼びます(淡路島由良では伝助といえば黒穴子を指すので地域によって呼び名が変わるのでしょう)。明石浦漁協では300g以上の穴子を伝助と呼んで区別しています。この伝助は穴子といえど、大きいので鱧の骨切りのような処理が必要となってきます。鱧ほど神経質になりませんが、骨切りした伝助を鍋に入れると、穴子から脂が出て濃厚な風味が楽しめます。ただ、脂がある分、鱧よりは量が食せないのですが、これはこれで旨く、他人(ひと)によっては鱧より美味しいという人がいるくらいです。
さて、今月の「さかばやし」の旨いもんは穴子がテーマ。会席料理の一部や一品料理に登場しますので、ぜひご賞味ください。
(フードジャーナリスト・曽我和弘)