5月のうまいもん/丹波・婦木農場の野菜
名人が作るから、味の深い野菜ができる
昨年の10月28日に「おだしの日」が日本記念協会において制定されました。制定に尽力したのは、うどんレストランチェーンの「太鼓亭」。昨冬から神戸酒心館とコラボレーションをして系列の「だし蔵」で酒粕鍋を販売している会社です。「だし蔵」が日本初のだしの日を打ち出すにあたって目玉になるものをと、期間限定で“名人たちのだし茶漬け”を自店のイートインコーナーにて提供したのです。同企画は、シンプルなだし茶漬けをいかに高級料理にするかがテーマ。そこで具材、米、海苔、醤油、昆布、鰹など各素材で「これは!」というものを集めて商品化することにいたしました。そこでお米の分野で白羽の矢が立てられたのが丹波の農業家「婦木農場」の婦木克則さんだったのです。
婦木さんは、「今、農業はおもしろい!」のキャッチフレーズを掲げ、無農薬野菜を推進する有名な農業家。今ほど無農薬農法にスポットが当たっていなかった30年ぐらい前からひたすらそれを実践し、今では兵庫県でもその第一人者的な紹介がなされているほどです。
「婦木農場」が位置する丹波市は篠山の北部あたります。農場と聞くからかなり田舎かと思いきや、春日ICからも近く、集落や道の駅がある春日の町からも程近い場所で営んでいます。農家に歴史を聞くのも愚問のような気もしましたが、婦木さんの話では「わかっているのは10代前から」だそうです。宝暦4年(1754年)の当主の名前が過去帳に一番古い記録として記されているそうです。本人は、「米づくりを行い、野菜を育てて乳牛を飼う昔ながらの農家ですよ」と謙遜しますが、なかなかどうしてその昔ながらの事が実践できるところが凄いのです。
“名人たちのだし茶漬け”は、あまりの凄いラインナップに、素材仕入れだけで売り値をオーバーしてしまったとの曰(いわ)く付き。手火山づくりの鰹節や北海道南茅部白口浜真昆布、素干し海苔、それに妙見山のブナ林に育まれた水とかなりレベルの高い素材が集う中でも「婦木農場」のコシヒカリは、遜色ないレベルのものでした。レシピを作った藤本喜寛先生(元辻学園教授、現京都光華女子大教授)も「ごはんが美味しい。これだけの素材と合わせても十分主張し、負けない味を持っている」と絶賛するほど。婦木さんによると、米は年月をかけて作り上げた田圃(たんぼ)に紙マルチなる方法を用いて作っていくそうです。段ボール古紙再生紙を敷くことで雑草の成長を抑えます。当初は太陽光を当てずに先に稲を成長させ、ゆっくりと水や微生物で自然分解させている間に雑草より稲を早く伸ばすやり方を用いているのです。
一方、野菜づくりは、約1.5haの農地で年間50種類以上が作られています。牛舎から出る牛糞を堆肥に用いて土づくりをし、自然の力を借りて手間暇をかけて作ります。無農薬栽培は、言葉にすると簡単ですが、実情は大変で勢いよく伸びる雑草との戦い。せっせと手作業で草引きを行いながら栽培に励んでいるそうです。
さて春から初夏へと向かうこの時季は、えんどう豆や隠元豆、三度豆、空豆の豆類が美味しくなります。それに新玉ねぎや春キャベツに、水菜、ホウレン草、小松菜などの軟弱野菜も収穫されます。私も昨年、「婦木農場」の豆類を食しましたが、いずれも市販の野菜では味わえないほどの深い味で、食感もよくてしっかりした味に改めて作り手のこだわりや努力を見た思いがしました。
さて、「さかばやし」では5月が「婦木農場」の野菜月間です。丹波の畑から直送された婦木さんの野菜がメニューを彩ります。加賀爪料理長の話では「できるだけ素材感を醸し出すためにシンプルに調理したい」とのことでした。5月25日(木)19:00~の「丹波婦木農場 初夏のとれたて野菜と生酒を味わう会」や5月の一品料理でぜひその野菜を堪能したいものです。
(文/フードジャーナリスト・曽我和弘)