10月のうまいもん/秋の鰆
鰆の本当の旬は、秋にあり
鰆(サワラ)は、スズキ目サバ科の魚で、体長が細長く、左右に平たい形をしています。腹の部分が狭く見えることから〝狭腹〞と書き、いつしか「サワラ」と呼ぶようになりました。小さい時は、サゴシ(40~50㎝)と呼ばれ、それからナギ(50~60㎝)に、そして60㎝以上になるとサワラと呼び名が変わることから俗にいう出世魚の一種になっています。サワラを漢字に記すと〝鰆〞の字になりますが、これはかつて文化が京中心だったのが影響しているように思えてなりません。鰆は、春から秋にかけては沿岸を群れで遊泳し、冬は深い場所へと、その棲家を移します。産卵は春から秋へかけてで、関西近海を遊泳する多くは、産卵場所を求めて春になると、瀬戸内海へ入って来るのです。産卵前の鰆は、当然肥えており、味がいい。だから昔の人は、春に瀬戸内の鰆を獲って食すので、魚へんに春と書いたのだと思われます。大昔は中国語の〝馬鮫魚〞が使われていたそうですが、江戸時代に本草学者の貝原益軒が〝狭腹〞の字にし、以降今の〝鰆〞に変化したのではないかと伝えられています。
鰆は、春を告げる魚と呼ばれ、文字にも〝春〞が用いられているため、どうしても春の魚と誤解されがち(春も旨いのは事実)ですが、一年で最も美味しいと言われているのは秋。寒くなると、脂が乗るために、秋から冬が本来の旬とされています。料理屋でよく〝寒鰆〞の字が献立内に用いられているのをよく見ますが、それは脂が乗る時期の鰆を料理人が使うためです。そのため、鰆は字と本当の旬が異なります。
鰆の身は淡いピンク色をしています。白身魚のように取り扱われていますが、本当は赤身の魚。鮮度のいい時は、白身がきれているが、すぐに白濁してしまいます。焼魚や揚物に多く用いられ、最も有名なのは西京味噌に漬けた西京焼きでしょう。酒粕に漬けた粕漬を焼くシーンもよく見られます。このように焼物に多く用いられているのは、鰆の身の特徴に理由があるのです。鰆の身は、柔らかいため、どうしても煮崩れがちで煮物には向きません。それが焼魚としてよく使われる大きな理由です。
私は、鰆の最も美味しい食べ方は、刺身だとよく言っています。活け締めしたものは、身が柔らかく、脂が乗ってトロのよう。生で食すと、上品で嫌味のない味が特徴。さらに皮目のみを炙ると、旨みが重厚になっていくようです。ただ、鰆は弱く、新鮮なままのものは、ほぼ出回っていません。だから生で食す例は少なく、どうしても焼物になっていくのかもしれません。鮮度という意味では、鰆のしゃぶしゃぶも美味な一例。岡山は、鰆大好き県で、「鰆の相場は岡山で決まる」なんて言われているほど。その岡山で名物となっているのが、鰆のしゃぶしゃぶなのです。やはり鰆を好きな県民は、美味しい食べ方をよく知っています。
ところで、「さかばやし」では、本当の旬を迎える秋の鰆を、「今月のうまいもん」のテーマ食材としました。瀬戸内より良質の鰆を仕入れ、会席料理の一部や一品料理でお楽しみいただけます。ぜひ、この機会に秋の鰆をお試しください。
(文/フードジャーナリスト・曽我和弘)
2022年10月
料理長おすすめの「瀬戸内産鰆の一品」
■瀬戸内産鰆の南蛮漬け 1,200円
■瀬戸内産鰆の酒蒸しと茸の炊き合わせ 1,400円
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