11月のうまいもん/晩秋の鱧
晩秋の鱧 食通が落ち鱧に走る理由
旬には、走り、盛り、名残りがあるといわれています。そもそも旬なる言葉は、筍と関係しており、筍が10日で成長することからその字が当てられたと伝えられているのです。そういえば、月を上旬、中旬、下旬に分け、それぞれに10日間が当てられますが、その理論だと旬は10日しかないことになってしまいます。よく魚は二つの旬があるといわれ、その代表格が初鰹と戻り鰹があります。そして桜鯛と紅葉鯛もそれに類します。鰆も字で見れば春の魚で、世間でも春が旬といわれていますが、明石浦漁協など漁業関係者に伺うと、秋の方が美味いらしく、その時期の鰆は脂が乗って美味しいそうです。
ところで鱧は、祇園祭や天神祭りの魚とされるように夏が旬と思われがちですが、実はこれは江戸時代の京の料理人が作った話に言われています。当時は現在のように交通網が発達していなかったために魚は人の手で運んでいました。暑い夏にはどの魚も弱ってしまうのですが、唯一鱧だけは弱らずに瀬戸内や若狭から京の町へ届けられていたようです。そのため京の職人(料理人)達は、鱧を夏の魚としてイメージづけて料理に使用していました。
では、本当の鱧の旬はいつか。それは晩秋を迎える11月~12月初め頃で、その時に出荷されるものを我々は「落ち鱧」と呼んで区別をしています。鱧は冬眠する魚で、一冬を眠って過ごすには秋にせっせと餌を食べねばなりません。実は、夏の鱧が美味なのも産卵期(9月頃)を前に餌を食べるからで、そう考えると夏の旬もあながち間違いとはいえないかもしれません。魚は餌を沢山食べる度に身に脂がついていきます。脂は旨みとなり、その付き具合によっていい素材だとわかるようです。つまり晩秋の鱧は、冬眠前に沢山の餌を食べる魚で、それを我々が食べては、旬は晩秋だと理解しているということになります。
15年ぐらい前にとある仕事で淡路島の由良漁港へ行き、「海幸丸水産」の橋本一彦さんと知己を得ました。橋本さんは数ある魚の中でも最も鱧を愛する漁業関係者。そのため、その目利きも達人の域に達しています。橋本さんによると、口先から目までの長さが短い方が美人鱧で、味も良いそうです。そんな解説を聞きながら何匹も鱧を味わいましたが、まず失敗はありませんでした。そして1.5kg~3㎏ぐらいの大きなものを彼は薦めていたのです。料理人は鱧は800gがいいと断言し、大きなものは大味と指摘しますが、大半の職人達はあまり大物鱧を扱った経験がないように思えます。大きなものは、それだけ骨が太く、骨切りが難しい。そのような理由から「800gがベスト」と言うようになったのではないでしょうか。
さて、11月は秋の深まる季節。風の冷たさとともに鱧が段々太っていきます。脂が乗って食べ頃になった鱧を味わうなら、まさにこの季節です。「さかばやし」では、会席料理の一部や一品料理などで落ち鱧をご提供しますので、ぜひ晩秋のうまいもんとしてご賞味ください。
2017年11月 フードジャーナリスト・曽我和弘