11月のうまいもん/落ち鱧
鱧の本当の旬は、晩秋にあり
この時期はやはり「落ち鱧」を!
鱧は晩秋に限る、こう書くと夏の魚なのになぜ?と思うかもしれません。鱧の旬を夏だと決めたのは、昔の京の料理人達で、交通の発達していない時代に陸路を経て京まで運ぶには鱧が都合のいい魚だったからです。鱧は一般の魚と違って生命力が強い。水から揚げても皮膚呼吸だけで24 時間以上生きるといわれています。かつて夏場の魚に困っていた京の料理人がその点に目をつけ、鱧の旬は夏だと広めるとともに祇園祭の頃の魚として扱ったのです。ですので梅雨の雨を吸って旨くなるなんて話はまっ赤な嘘で、むしろ晩秋こそが本当の旬なのです。
素材には走り、旬、名残りと三つのパターンが存在します。一般的な鱧の旬の伝聞では、走りが5 〜 6 月、祇園祭りや天神祭の7 〜 8 月が旬となり、11 月の名残りの時期を落ち鱧と呼ぶようです。ところがおかしい点がひとつ。旬と名残りの間の9 〜 10 月は鱧にとって子を放つ時期で、放した後はやせ細り美味しくない頃。走り、旬、名残りの間に旨くない時期をはさむなんて素材の旬からは考えられないことなのです。
では、本来の旬と呼ばれる晩秋がなぜ美味しくなるかといえば、鱧は寒い時季を迎えると冬眠に入ります。その前に冬眠直前の他の動物と同じように、せっせと餌を食べて栄養をつけるわけです。ですので晩秋が美味で、それを名残りと呼ぶには、本来あるべき旬をバカにしているというしかありません。当然、運動もせず、眠りこけている冬場も旨いのですが、めったなことでは釣り上がりません。だから冬場の漁はほとんどなく、たまに地震や大きな音にびっくりした時が網にかかるくらいです。秋は実りのシーズン。鱧以外にも沢山旨いものがあります。殊に松茸は、秋を代表する味覚で、これを食べなければそのシーズンがやって来ないなんて言う人までいるくらい。
日本料理でこの松茸と旬の鱧( 落ち鱧) が出合うのが、俗に「ハモマツ」と呼ばれる松茸の土瓶蒸し。土瓶の中によく鱧を入れて調理し、提供する職人( 料理人) がいますが、まさに出合いの秋をわかっていると称えたくなくもなります。
土瓶蒸し以外にもこの出合いをうまく表しているのが鱧鍋。だしに鱧をくぐらせて花が開いたようにして味わう食べ方は、一説には淡路島が発祥だと聞きますが、鱧を晩秋の素材と知っていた漁師ならではの発想といわれれば、あながち間違いではないのかもしれません。昆布をひいただしに松茸と玉ねぎ、白菜などを入れ、グツグツ煮え立ったところで鱧をだしにくぐらせてパクリ。そしてもうひとつの主役である松茸とパクリ。こうして味わえばまさに至福の瞬間( とき) が訪れます。つけ汁には、秋のスダチを絞って…。まさに秋の醍醐味であり、落ち鱧の一番の味わい方なのでしょう。とにかく、ハモマツ…、それが土瓶蒸しでも鍋でもいいので、秋の出合いを存分に味わいたいものです。
ところで「さかばやし」では、一年で一番旨くなる鱧を今月は一品料理として出す予定にしています。鱧は鱧でも、トップブランドといわれる淡路島由良産のものをご用意いたしております。勿論、由良漁港から直送しますので鮮度の面でも、価格の面でもお値うちの品。ぜひこの機会に本来の旬を味わってみてください。
( 文/フードジャーナリスト・曽我和弘)
【おすすめの一品料理】
・落ち鱧のしゃぶしゃぶ(小鍋) 1,900円
・落ち鱧の南蛮漬 1,200円
・落ち鱧と松茸の天ぷら 2,000円