7月のうまいもん/淡路島由良漁港の鱧(はも)
漁場と都会では、同じ鱧でもちょっと違う!
夏になると、やはり鱧が恋しくなります。鱧の旬が夏だというのは、昔の京都の料理人が作った話だとは知りつつも、世間が「この時季に鱧を食べなきゃ」と騒ぎ出すと、こちらもついつい食指が動いてしまうものです。
魚は一般的に旬が二回あるとされ、その代表が初鰹と戻り鰹。魚偏に春と書く鰆でさえも秋が旨いし、冬の味覚・ふぐも夏がいいといわれています。本来、晩秋に旬を迎える鱧とて同じで、梅雨あたりからエサを沢山食べだすので美味しくなるのです。これは鱧が9月に産卵を控えているから。そのためせっせとエサを喰い、栄養をつけるわけです。7月に入ると、鱧の腹はぷくっと膨れ、子を宿します。その鱧の子がこれまた珍味で、一般には幻の食材とまでいわれているほどなのです。
以前、某局のキャスターと淡路島・由良漁港の「海幸丸水産」を訪れた時の話。某キャスターはニュースの特集か何かで、鱧の子が幻といわれ、なかなか食せないことを知ったそうです。「海幸丸水産」(由良漁協)の橋本さんにその話をぶつけると、あっさり「今、ありますよ。食べますか?」と言われてしまいました。確かに鱧の子は珍味とされ、都会ではなかなか口にできません。それが漁場では、ありきたりの食材で、「そんなに珍しがるものではない」と橋本さんは言うのです。流通が発達したとはいえ、やはり漁場と消費地では開きがあるのだとこの反応を見て実感しました。
日本料理の世界では、800gの鱧が一番いいとされ、師から弟子達にその知識が受け継がれています。けれど、淡路島の漁港周辺に行くと、1.5㎏〜3㎏の鱧が重宝がられ、地元だけで流通されていることがわかります。漁場の人達は、「都会の職人は800gだというが、そんなことはない。大物鱧の方が甘みがあって旨いのだ」と話します。大きいものは、大味なんて言う伝承はまっ赤な嘘。多分、骨切りが大変なので、それを隠す方便なのでしょう。現に由良漁協で味わった2.5㎏の鱧は、脂も乗り、甘みもあって美味なる食材。この旨さを一度味わえば病みつきになりそうです。こういった話を聞き、漁場で“本物”に触れるにつけ、日本料理の職人といえど、体験していないものが多いと実感する次第です。
鱧といえば、最近韓国産が持て囃されていますが、やはり兵庫県に住む者なら地元のものを味わうべし。特に由良漁港で揚がる鱧は絶品で、グルメの間では垂涎の的となっているほど。橋本さんの話によれば、この地域で獲れるものは骨が細く、味もいいそうです。元来、鱧は海底辺りに棲み、あまり動き回ることのない魚。多分、由良沖にその体質を持った鱧が棲み続け、代々その血統を受けついでいるのだろうと思われます。それに加えてエサ場の良さが重なって旨い鱧になっていくのでしょう。北新地(大阪)の割烹の職人は、泉南の魚を多用しますが、彼らでさえ泉南と淡路島の鱧では味に差があると言います。由良の東側は、和歌山や泉南で、同じ紀伊水道なのに獲れるものに差があるのは、鱧が由良沖であまり移動せず、じっくり暮らしている証し。そうして考えると、同じ魚でも産地が大事ということが理解できます。
(文/フードジャーナリスト・曽我和弘)